[東京 31日 ロイター] – 政府は31日の経済財政諮問会議で、高成長のケースでも財政黒字転換の時期が2027年度まで後ずれするとの「中長期の経済財政に関する試算」を公表した。税収増と社会保障関連の支出抑制で財政の破たんを回避する道を目指しているが、参院選の期間中に安倍晋三首相が10%超の消費増税を当面「封印」する意向を表明。事態打開への「名案」が見つからないまま、今夏以降に社会保障改革の議論が本格化する。
<成長率1%シナリオ、社会保障制度の維持困難>
今回示された中長期試算では、2020年代前半に実質2%程度、名目3%程度を上回る成長率に上昇することを前提とした「成長前提ケース」でも、財政収支黒字化は目標である25年度から27年度に後ズレした。
安倍政権で当初、黒字化達成の目標とされた20年度からは7年遅れることになる。 より現実に近い実質1%成長の「ベースラインケース」では、見通し最終年度の28年度になっても財政収支は黒字化できず、6.8兆円程度の赤字が残る。 公債残高対国内総生産(GDP)比も26年度以降は減少が止まり、1.86倍程度で推移する。
低い成長率が続くと、日本は巨額の財政赤字と公債残高を抱えたまま、財政の自由度を失い、政策的経費に使える財源が過少となり、必要な政策も打てない状態に陥ることになりかねない。 特に節目として注目されているのが、「団塊の世代」が全て75歳以上の後期高齢者となる25年度。
経済官庁幹部は「このままでは社会保障制度が維持できなくなることは誰の目にも明らか」と述べ、諮問会議の民間議員の1人は「社会保障などにおける将来不安をなくすことは、国民の消費マインドを支えるためにも重要。それがうまく行かないと、経済が悪循環に陥る」と警鐘を鳴らす。
<消費税率10%で凍結の波紋>
政府内では、危機を回避するために、潜在成長率を上げ、税収の拡大基調を背景に歳入増を目指す一方、社会保障の中身をチェックして歳出の抑制を図り、バランスを取る手法を模索している。
税収増の対応として安倍政権は今年、高齢者や就職氷河期世代の就労を促す政策を打ち出した。 同時に薬価改定や病床削減など医療費を中心に歳出削減策も「骨太方針」に盛り込み、「出るを制する」ことにも着手した。
政府内では、それでも歳入が足りない場合に、税や保険料など国民の負担増をお願いするというシナリオが語られていた。
ところが、今回の参院選の演説の中で、安倍首相は「あと10年は、消費税税率を10%超に上げることはない」と明言した。安倍首相が最終的な手段である「消費増税」を当面、封印したかたちとなった。
先の民間議員は「消費税を何%まで上げれば社会保障費をまかなえるといった議論は不毛だ。潜在成長率を上げる、あるいは政府支出を削減することで、必要な税率も変わってくる」と述べ、安倍首相の発言に理解を示す。
消費税率を当面10%で維持しつつ、潜在成長率の引き上げに取り組み、その実現に向け、人材投資やデジタル社会の推進による生産性向上に努力することが、事態の打開につながるとの立場だ。
だが、日本総研・主席研究員・西沢和彦氏は「高齢者人口の増加を考えれば、安定的な歳入増のために頼れるのは消費増税以外にない」と反論。20年代のうちに消費税率は20%に上げ、残り10%分の25兆円程度は必要となる試算している。
経済協力開発機構(OECD)も昨春、日本に対し「歳入の構成を社会保険料や法人課税から消費税や環境に関する税へとシフトさせる」ことを提言。 経団連も昨春に「将来不安の払拭に向け、広く国民全体で支える観点から、税率10%超への消費増税も有力な選択肢の一つとして、国民的な議論の喚起を求める」と訴えた。
<中福祉低負担から中福祉中負担へ>
とは言え、安倍政権を支える霞が関からも、この6年間で取り組んできた成長戦略の成果は「芳しくない」(別の経済官庁幹部)とため息が漏れる。
そこで注目され出したのが、「社会保障の福祉と負担」のバランス見直し。OECD統計によると、日本の税・保険料負担率の高さは34カ国中27位。福祉水準との兼ね合いでは「中福祉・低負担」と位置付けられている。
これを「中福祉・中負担」へと是正し、国民負担を増やすという選択肢だ。この議論は10年以上前から叫ばれていたが、節目の25年度を前に、「喫緊の課題」という声が政府内で浮上している。
しかし、安倍首相が10%超の消費増税を封印した今、危機回避への「名案」はなかなか見つからないのが現状だ。今回の中長期試算の公表を機に、国民の関心が高まるのか。社会保障制度を破たんさせない重い責任が、安倍首相だけでなく、与野党を含めた政治家に課せられている。
中川泉 編集:田巻一彦