[ロンドン 8日 ロイター BREAKINGVIEWS] – 最近まで、ほとんどのエコノミストは、政府が平常時にささやかな規模以上に借り入れを膨らませる行為を非難してきた。彼らはおおむね政府を信用せず、公的債務が民間投資を圧迫するだけでなく、物価を高騰させ、景況感を冷やすと証明できる理論を持っていた。ところが今や、財政赤字はそれほど悪い存在ではない。むしろ総じて良いとの見解が優勢だ。
古い考え方が死に絶えたわけではない。政府はいわば国家という大きな家族で、収入以上にお金を使うべきでないという理屈は直観的に訴えかける力がある。ドイツのメルケル首相も、こうした価値観を「シュバーベン地方の主婦」たちの倹約精神になぞらえている。
「財政赤字悪玉論」により、ユーロ圏加盟国は平常時に財政赤字を国内総生産(GDP)比3%までに抑えるよう求められ、ドイツは「債務ブレーキ」と呼ばれる制度を導入。財政赤字がGDPの0.35%に達すると、原則としてさらなる政府借り入れを禁じているほどだ。
依然として少数の政治家(主としてドイツ人)は、大規模な財政赤字を計上するのは単純によろしくないと考えている。一部の有名エコノミストも同意見だ。ブルームバーグによると、米大統領経済諮問委員長を務めたクリスティナ・ローマー氏は最近、大幅な財政赤字の持続は「強力かつ健全な超経済大国になるための方策にならない」と発言した。
だが、ほぼ全ての面で判断基準は変わりつつある。今ある数々の事実は、旧理論と相いれないのだ。
米国、日本、ドイツ、フランス、英国、イタリア、カナダという先進7カ国(G7)を検討してみよう。国際通貨基金(IMF)のデータに基づいた2007年時点のG7の財政赤字の対GDP比は平均1.5%で、カナダとドイツは黒字だった。そして世界金融危機が発生後の3年間で同平均は7%を超え、15年以降も3%を下回っていない。
しかし財政赤字が明らかに成長を損なった形跡はない。G7の国民1人当たりGDPの年平均成長率が下振れしたのは確かだ。01年から07年まで1.4%だったが、14-19年は1%になっている。もっとも01-07年は持続不可能な金融活動によって水増しされ、14-19年は貿易戦争と先進国の全般的な景気減速が圧迫要因になった。
G7の物価上昇率の平均は、まさに金融危機が勃発した08年に2.9%とピークを付けた。翌年には0.3%に鈍化し、11年に2.6%に戻った後、また下振れした。IMFは19年の平均を1.4%と見込んでいる。インフレを起こす要因を本当に理解している人はいないが、財政赤字が「容疑者リスト」に入っているようには見受けられない。
財政赤字を嫌う人々は、いつでも自分たちの思想を正当化する論理を見つけてくることができる。実際、足元で無害に思われる借り入れが、長期的な問題を蓄積させているのかもしれない。IMFの計算で米国の今年の財政赤字はGDPの5.6%、つまり1兆ドルを超える規模で、長らく予想されていた経済への悪影響がいよいよ顕在化する恐れもある。
今後、財政赤字の功罪を巡る理論的な闘争は激化するだろうが、思考のバランスを取る助けになってきたのは現実的な心配だ。中央銀行は今、景気後退に対処して利下げする余地が乏しい。債券などの資産を買い入れて金融市場に新たな資金を投入することは可能とはいえ、そうした手法の効果はまだ証明されていない。だから財政支出拡大の方が、景気対策として妙味があるように見える。
理論的な見地からも情勢変化は歓迎されるべきだ。政府は実際には「非常に大きな家計」ではない。通貨当局としての最終的な権限を持ち、経済活動を維持するのに十分なお金を確実に流通させる責任を負っている。通貨創造の任務はほとんどを民間銀行に請け負わせているものの、彼らが満足に機能しなくなった場合は、政府が乗り出すことができるし、乗り出さなければならない。
政府向けのローンは、全てのローンと同様に基本的に新たなお金を生み出すので、財政赤字は旧理論で想定されたような、民間投資に向かう資金を奪うわけではない。また政治的に有能な政府であれば国内で借り入れを賄い、債務残高がGDP比で高水準になっても維持できる。その上、本来使われなかった経済的な諸資源を活用する財政支出なら、赤字であってもインフレを醸成させるよりも生産を押し上げるだろう。
財政赤字についてもっと柔軟になるべきだとの考え方を受け入れる点では、エコノミストよりも有権者や政治家の方が積極的だ。追加的な財政支出は、有益なインフラ整備の投資を後押しし、貧困を減らして質量両面で雇用状況を改善してくれる。さらに次の景気後退の到来時期を遅らせ、その深刻度を和らげてくれる可能性もある。さすがのドイツでさえ、財政赤字への抵抗感が弱まっているのも、むべなるかなと言える。
当然リスクはある。財政赤字は適度な規模なら大抵は好ましいが、危険な存在になり得る。アルゼンチンやジンバブエの事例で分かるように、歯止めなしの通貨発行は、最終的に制御不能のインフレをもたらす。先進国で40年もディスインフレが続いた後で、狂乱的な物価高騰などは想像しがたい。それでも政治家が選挙で勝つことに執念を燃やし、彼らを抑制する財政規律が存在しない世界では、インフレの暴走が現実に起きるかもしれない。
(筆者は「Reuters Breakingviews」のコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)