[ロンドン 7日 ロイター] – 新型コロナウイルスの大流行で、世界の先進国の大半はロックダウン(封鎖)措置に入り、社会経済は停止に近い状態になった。
小売業から娯楽、飲食、教育など幅広い部門で、既に何千万人もの労働者が一時帰休、あるいは失業に追い込まれている。
最も打撃を受けているのは中小企業や自営業だが、その影響はサプライチェーンを通じてあらゆる規模の企業に広がっている。
ロックダウンが新規の感染者や死者を減らしている兆候もわずかにみられる。経済的、社会的コストは大きく、各国政府に対し、経済活動の再開に向けた明確な出口戦略を示せとの要求は大きくなっている。
<健康と経済の両立>
人びとは、ロックダウンがもたらす公衆衛生上のプラス面と経済的なコストを比較する必要がある。
トランプ米大統領は3月23日、「治療が問題そのものより悪いものになる状況を許してはならない」とツイッターに投稿した。
一部のエコノミストは反論した。コロナとの闘いと、経済の打撃を最小限に食い止めることは両立するという主張だ。ロックダウンをすれば、何もせず感染症を野放しにする場合と比べ、流行の期間を短くし深刻度も低減させることで実際の死者数と経済的損害を減らせるという。
つまり経済的犠牲は実質的に相殺され、野放しの場合に比べてあらゆる面で良い結果が得られるという考えだ。
<スペイン風邪の教訓>
こうした主張を最も強く打ち出したのが、米連邦準備理事会(FRB)とマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者3人が3月26日に発表した論文。1918年から大流行した「スペイン風邪」の米国内の状況を題材に、セルジオ・コレイア氏、スティーブン・ラック氏、エミル・バーナー氏が共同執筆した。
それによると、スペイン風邪の流行がより大きかった地域では、急激で持続的な実体経済の落ち込みが発生。しかし、調査結果からは「より早期に、より踏み込んで当局が市民生活に介入した都市では結果的に経済は悪化せず、むしろ流行終息後には流行前に比べ、経済は拡大する」という結論に達した。「非薬事的介入措置」(NPI)は死亡率の低下だけでなく、感染症流行の経済への影響も和らげるとした。
もちろんロックダウンをしなくても、深刻な感染症流行は人の死や活動の低下を通じて経済に大きな打撃を与える。個人や家計が自主的に人との接触を避ける措置を取ることも影響する。
3人による研究は、スペイン風邪流行時に全米43都市が施行した規制と、その影響を調査している。
学校閉鎖、集会の禁止、おおむね強制的な外出制限や隔離措置が中心で、勤務時間の変更や企業活動の限定休止、交通機関の規制、感染症についての広報、マスク着用令なども調査対象とした。
3人は、こうした措置が施行されたスピードや実施期間と、健康・経済への影響の相関関係を分析した。具体的には死亡率、製造業の生産と雇用、銀行資産と融資償却、自動車保有状況の4項目で、これを市レベル、州レベルで調べた。
<慎重になるべき3つの理由>
しかしこの研究から、今のロックダウンが経済に与える影響について結論を引き出すには、慎重になるべき理由がいくつかある。
第1にスペイン風邪の流行は第1次世界大戦の終結、そして経済が戦時態勢から平時態勢に変わるという特異な時期にぶつかった。この点は3人も認めているが、関係性については短く触れただけであまり分析していない。戦時態勢から脱却する時期に感染症流行の影響を探り出すのは経済史研究者にとって、極めて困難な作業だ。
第2に1918年の措置は大半が学校閉鎖や大規模集会の禁止、外出や隔離にとどまっている。今回の移動禁止などに比べれば、ずっと軽い。経済活動への打撃ははるかに小さく、当時で最も厳しい制限措置も比較的短期に終わった。
第3に当時は月次ベースの経済統計が整備されておらず、1918年の制限措置の短期的な経済への影響を評価しにくくしている。理論的には長期的な影響なら年次統計で追える。しかし、第1時世界大戦をまたぐ14ー19年の時期の比較や、急速な戦後復興期である19ー23年の比較考察は困難を伴う。
FRBが鉱工業生産の月次統計を発表するようになったのは1919年だ。
3人は18年と19年の経済活動について入手できる統計が極めて限られる状態で、最善の努力をした。研究としては見事だ。しかし、彼らの結論は、極めてぜい弱な統計を根拠にしていると言わざるを得ない。限られた統計が、彼らのかなり大胆な結論や政策提言を援護できるのか、筆者は確信が持てない。
いずれにせよ、1918年に実施された地域的な政府の介入措置は、2020年のロックダウンとは大きく異なっており、内容も厳しくなかった。
政策担当者は、ロックダウンを実施する場合に人の命を救うことと経済への打撃を軽減することは両立できるとの結論に飛びつく前に、慎重になるべきだと思う。
(筆者はロイターのコラムニストです。本コラムは筆者の個人的見解に基づいて書かれています)