後世史家が今回のコロナ騒動を振り返った時、キーワードになるのは「マスク」ではないかと、個人的には考えている。武漢でコロナが猛威を振るい始めた当初、安倍政権は中国に大量のマスクを送っている。つい昨日のことのようだが、今から振り返れば「なんて愚かなことを」と思ってしまう。その直後からマスクが市場から消えてしまうのである。慌てた政府は急遽、マスク対策に乗り出す。まずやったことは増産の薦めである。シャープをはじめいろいろな企業にマスクの生産を呼びかけた。安倍首相は国会答弁で今月中には3億枚、来月には6億枚(数字は正確ではない)と生産目標を示し、マスク不足解消に努力していることを強調していた。それでも連日ドラッグストアーには長蛇の列が連なり、ワイドショーは医療現場の危機的状況を執拗に放映していた。

そんな中で官邸にマスク・チームが設置されたというニュースを見た記憶がある。その後、このチームのことはほとんど報道されたなかった。いつの間にかマスク問題はアベノマスクに置き換わっていた。個人的にもこの欄で何度となく「アホノマスク」「ムダノマスク」など、あれやこれやと批判してきた。小さすぎるアベノマスクに固執する総理について「執着心が強すぎる」、「未知なるウイルスには臨機応変に対応すべきだ」など、庶民の目を通して“的確”な論評をおこなってきた。アベノマスクの予算計上額は600億円を超えていた。これだけの予算があれば「もっと効果的な対策が打てたのではないか」、今でもそう思っている。経産省出身の側近が主導したアベノマスクだが、その裏で官邸内部では各省出身者が連携して数々の対策が模索されていたようだ。例のマスク・チームだ。月刊文藝春秋(9月号)を読んでこのチームの実情を初めて知った。

「菅義偉 すべての疑問に答える」との記事の中に次の一説がある。「横浜市議の経験から自治体がマスクを備蓄していることを知っていましたが、厚労省が放出を求めても(中略)話が前に進まない。(中略)それで総務省から10人をマスク班に追加し、知事部局と直接やりとりしてもらって、備蓄を放出してもらいました」。実務に通じた叩き上げの政治家ならではの即断即決である。これが政治の“機微”というやつだろう。2世、3世の政治家だったら思い付かない。連日マスク問題を取り上げているメディアも無理だ。政治には大上段に振りかざした国家論も必要だが、政治を動かしているのは実務だ。この記事を読みながら菅政権誕生の意味がわかったような気がした。アベノミクスは総論が目立った。すべてとは言わないが、その多くは実務の伴わない机上の空論だった。デジタル庁はじめ菅氏の公約は各論のオンパレードである。いま日本に必要なのは総論ではなく実行するパワーだ。ひょっとするとアベノマスクが菅政権を誕生させたのかもしれない。