【香港時事】香港の反体制活動を取り締まる国家安全維持法(国安法)が施行されてから30日で1年を迎える。中国共産党政権に批判的な香港紙・蘋果日報(リンゴ日報)が廃刊に追い込まれ、メディア統制が強まる中、報道関係者の間に萎縮と無力感が広がっている。

 トーマスさん(仮名)は国安法施行後、記者として勤めていた蘋果日報を退職。メールでの取材に「国安法によって、香港の報道の自由は一層縮小すると予想できた。さまざまな規制に加え、身に危険が及ぶ可能性もあった」と離職の理由を説明した。

 昨年以降、仕事を進める上で多くの困難を感じるようになったという。社内では「(政治的に)敏感な単語」の見直しが行われた。例えば新型コロナウイルスについて、当初は中国政府が嫌う「武漢肺炎」との表現を使っていたが、後に「COVID―19」「新型コロナ肺炎」に改めるよう指示が出た。時に過激な表現も辞さなかった以前の同紙なら、あり得なかった。

 昨年8月に蘋果日報創業者の黎智英氏が国安法違反容疑で逮捕されると、取材相手には同紙に関わること自体を恐れられ、取材拒否に遭うようにもなった。トーマスさんは「報道機関への弾圧に当初は強い怒りを感じたが、次第に無力感に変わってしまった」と胸の内を明かした。

 親民主派以外の報道機関にも、摘発への恐怖は浸透している。香港の英字紙で新型コロナ関連報道に従事する男性記者(27)は、自主規制は政治的話題以外にも及んでいると話す。

 英字紙の取材チームは今年、他社に先駆けて香港に到着した新型コロナワクチンの保管場所を突き止めた。ワクチンへの関心が高まっていた時期で本来ならスクープだが、上司に差し止められた。ワクチン関係の情報は「国家機密」に当たると見なされかねず、「国安法に抵触する可能性がある」と判断されたためだ。

 男性記者は取材活動をめぐる状況について、「国安法の『レッドライン』を意識するようになり、全体的な雰囲気が変わった」「政治関係者も一般市民も(メディアでの)発言を避けるようになった」と指摘する。

 蘋果日報がつぶされた後、次はどのメディアが摘発の矢面に立たされるか分からない―。そう語る男性自身、転職を視野に入れているという。