今年のノーベル平和賞が強権的な政権に批判的な姿勢を続ける2人のジャーナリスト、フィリピンのマリア・レッサさんとロシアのドミトリー・ムラトフさんに決まった。授賞の判断には、世界各地で表現の自由が脅かされ、言論が封殺されているという危機感がにじんだ。
ノルウェー・ノーベル委員会のライスアンデシェン委員長は会見で「自由で、独立した、事実に基づくジャーナリズムは権力の乱用やうそ、プロパガンダから守る役割を果たす」と指摘。表現の自由は「民主主義の肝要な前提条件で、戦争と対立から守る」と述べた。
権力者による報道への攻撃は世界各地で相次ぐ。フィリピンでは国家通信委員会が昨年5月、政権に批判的な報道で知られる民放最大手のABS―CBNに対し、免許の期限切れを理由に放送停止を命令した。レッサさんも現政権下で少なくとも2度逮捕されており、昨年6月には8年前の記事に関する名誉毀損(きそん)で有罪判決を受け、「脱税」でも訴追されている。
ロシアの自由な報道や言論に対する包囲網は、プーチン大統領が2000年に就任して以来、一貫して狭められてきた。主要な民放テレビ局は、政府系企業が相次ぎ買収し、国営テレビと同じく政権の影響下に入った。
独立系の新聞やネットメディアの記者にとって取材中の拘束は日常茶飯事だ。ロシアのジャーナリストらの団体「グラスノスチ保護基金」によると、今年1~9月に全国で警察などに逮捕・拘束されたジャーナリストやブロガーは381人に上る。
米国のトランプ前大統領は報道機関を「人民の敵」と呼び、気に入らない報道は「フェイクニュース」と決めつけた。大統領選の結果を否定し続け、支持者が連邦議会議事堂を襲撃する事態に発展した。中国では香港国家安全維持法が制定され、民主派支持の香港地元紙が廃刊に追い込まれた。国軍がクーデターで権力を握ったミャンマーや、政情不安が続く南米のベネズエラでもジャーナリストへの弾圧が続く。
インターネットやソーシャルメディアの発展によって情報があふれるなか、何を信用していいのか、という問題もある。新型コロナウイルスをめぐっては虚偽情報や、ワクチンに関する陰謀論がいくつも飛び交った。個人や組織を対象とした誹謗(ひぼう)中傷や、ヘイトスピーチも増え続けている。
そんななか、報道する側も問われている。誰でも情報を発信できる時代になっているからこそ、「情報の質」によって信頼を得なければならない。
ノーベル委員会も、フェイクニュースについても懸念を示した。ライスアンデシェン氏は「皮肉にも、かつてないほど報道と情報があるなか、乱用も起きている」と発言。フェイスブックが公共の議論を操作することに用いられていることにも触れ、「表現の自由はパラドックスだらけだ」と認め、「全ての表現の自由には限界がある」と語った。発信する側の責任にも目を向けたといえる。(オスロ=金成隆一、ニューヨーク=中井大助)