ロシアがウクライナ侵攻して1か月あまり。専門家などからは、プーチン大統領の誤算を指摘する分析が相次いでいます。

その予兆はいったい、いつから?

この1か月あまり、プーチン大統領の演説や発言をウォッチしてきた、石川解説委員に分析してもらいました。

プーチン大統領はいつから苦戦を認識?

私が注目したのは、3月3日の安全保障会議での演説です。

侵攻から1週間ほどたった時期に開催されたものです。この演説ではすでに楽観的な見通しが変化を余儀なくされていることがうかがえます。

安全保障会議は、プーチン大統領が議長を務めるロシア安全保障政策の最高立案機関で、定期的に開催されていて、テレビで放送されることもあります。この日はテレビでも大統領の冒頭演説が放送されました。

演説では何を?

全体的な印象としては、ロシア国民に愛国心を強く訴えていました。

演説は次のような文言から始まりました。

(プーチン大統領演説より)
「2月24日、ウクライナで特別軍事作戦が始まった。ドンバスの人々を守り、祖国の安全を保障するという任務を遂行する中で、ロシアの兵士や将校たちは、真の英雄のごとく勇敢に行動している。我が国の軍人は、自らの正当性を十分に理解したうえで、頑強に戦っている。けがを負っても兵士や将校は隊列を離れない。彼らは戦友や民間人を救うため、自らを犠牲にし命を捧げている」

この表現は、ロシア軍人を英雄として評しているんですが、逆に言えばウクライナ軍の頑強な抵抗にあっているということです。戦いは楽ではないということを認めているということですよね。

旧ソビエト以来、「イソプの言葉」ということがあって、ロシアは言われたことを額面通りには受け取りません。行間を読む文化が染みついています。

プーチン大統領は「祖国防衛戦争」だと主張しています。そして、戦死者がでていることにもあえて触れています。

戦死者というのは、隠せません。報道発表しなくても、ひつぎになってもどってきて、地元のニュースなどでは報じられます。彼らは英雄なのですから。

一方で犠牲者というのが、国民にとって一番、侵攻を身近に感じる部分で「不安」を募らせる部分でもあります。隠すことができない、そうであれば逆にその部分に触れ、戦死者を英雄とすることで、愛国心につなげようとするねらいがあったと思います。

愛国心の部分で注目した点は?

戦死した人たちの名前とルーツをあげ、英雄だとたたえているところですね。実は、ロシアは多民族国家です。

プーチン大統領は演説で、ロシアは多民族国家であるとした上で、民族は違っても愛国心は一緒なんだと、力強いことばで訴えています。

愛国心で、ロシア国内を、国民をまとめようとしているのだと思います。演説には次のような文言があります。

(プーチン大統領演説より)
「私はロシア人だ。よく言われるように、一族みなイワンかマリアという名前ばかりだ。しかし、ダゲスタン出身で民族はラック人である青年ヌルマゴメド・ガジマゴメドフや、そのほかさまざまな戦士たちの英雄的行為を見るにつけ、私はこう言いたくなる。私はラック人であり、ダゲスタン人であり、チェチェン人、イングーシ人、ロシア人、タタール人、ユダヤ人、モルドビン人、オセチア人でもあると。ロシアの300を超える民族をすべて挙げるのは不可能だ。それは皆さんも理解してくれると思う。しかし私はこの世界の一員であること、屈強で、力強く、かつ多民族であるロシアのナロード(国民)の一人であることを誇りに思う」

プーチン大統領の心境は?

民族名を連呼するところが多民族国家ロシアの大統領としてのプーチンの特質ですね。

プーチン大統領自身が自分はルスキー・ロシア人だ、それも周りはイワン、マリアというロシア人に多い名前ばかりだと強調することで民族としては純粋なロシア人だと強調しています。

しかし同時にプーチン大統領は、私はチェチェン人、イングーシ人、タタール人と並べています。そしてその一つ一つの民族の上にロシアのナロード(国民)があり、その意味でロシアは一つだと強調しています。ナロードという言葉がキーワードで、ロシアのナロードとしての愛国心を強調しています。

おそらく、このとき、プーチン大統領はすでに予想より厳しい戦いであると実感していたのかと思います。

もともとプーチン大統領はウクライナ侵攻を「特殊軍事作戦」と言っていて、すべての作戦を2週間程度で終わらせられると考えていた可能性があります。しかし、現実はとてもそういう状況ではないと。

この時、「これはかなりの戦争になる」とすでに感じていたのかもしれません。

そこで、死者が出ていることなど被害を国民に伝え、ロシア軍が苦戦しているということを伝えることで、逆にロシア国民をまとめようとしたのかもしれません。つまり、侵攻からおよそ1週間のタイミングで行われたこの演説からは、すでにプーチン大統領の誤算、異変の予兆をみてとれます。

実際の戦闘はプーチン大統領が描くような英雄的な戦いではなく、ロシア軍による住宅や病院、民間人への攻撃も行い、人道的な危機が起きています。ウクライナではロシア軍が敵意にさらされ、ロシア軍の士気の低下も伝えられています。

プーチン大統領は今回の戦いはウクライナのネオナチとの戦いだと正当化しています。ロシアとウクライナは同じナロードであると強調しながらも、「多くの人がナチスの民族主義のプロパガンダに洗脳されている」と述べています。

でもこのことはプーチン大統領自らが、ウクライナは同じナロードではすでにないと思い始めていることを示しているのかもしれません。

自分の思い描いていた姿ではない。洗脳された人々とは普通のウクライナ国民であり、自由を求めるウクライナ国民が存在することを認めざるを得ないのです。

国民にも不安、異変は?

プーチン大統領はロシア国民に「安定」を与え続け、それが支持されてきた大統領です。

ロシアは20世紀の間、戦争と革命の連続で国民は変化に翻弄されてきました。プーチン氏が大統領に就任した2000年もまだ大変な時代でした。

そして、プーチン大統領は、変化や革命ではなく、「安定」を打ち出し、国民にある程度の生活レベルや所得といった「経済の安定」を提供しました。それがプーチン大統領の支持基盤で、国民は「この人についていけば、ものすごく豊かになるわけではないけど、安定している」という安心感があったと思います。

しかし、今回の侵攻で、プーチン大統領ははじめてその安定を壊してしまいました。一種の冒険、冒険主義とも言えるかも知れません。

少しでも国民を安心させようと考えたのか、演説では戦死者の遺族への補償金などにも触れています。

(プーチン大統領演説より)
「祖国の安全のため、ロシア国民のために戦って犠牲となった戦死者やけがを負った兵士らの家族を支援することは、我々の義務である。ウクライナでの特別軍事作戦で犠牲となった軍人の遺族全員に、法に規定された保険金と一時金が支払われる。その額は742万1000ルーブルだ。また、遺族には毎月、補償金が支払われることになる。しかし、それ以外に、作戦に参加して犠牲となった国防省の軍人、およびほかの治安機関の職員らの遺族には、500万ルーブルの追加支給を実施する必要があると考えている。作戦遂行の際にけがを負ったすべての軍人も、相応の支給金を受け取ることになる。それはけが、外傷、挫傷などに対する保険金と一時金のことである。もし契約に基づいて軍務に就いていた者が、けがによって軍務に不適合となった場合は、296万8000ルーブルの一時金が支払われる。障害者となった場合、毎月補償金を受けることになる。これらの措置は全て、すでに法に規定されている。それとともに、作戦に参加しけがを負った国防省の軍人やその他の治安機関の軍人、職員には、300万ルーブルの追加支給が必要だと考えている」

今回の侵攻で、ロシアは国際社会から切り離され、国民生活にも大きな影響がでています。

ロシア国民も安定から不安にシフトしているのかもしれません。

そして、その国民の不安や変化を、誰よりも感じ取っているのはポピュリストでもあるプーチン大統領なのかもしれません。

(参考)3月3日にプーチン大統領が安全保障会議で行った演説全文は以下のとおりです。

【全文】プーチン大統領 3月3日 安全保障会議での冒頭演説

親愛なる同志の皆様2月24日、ウクライナで特別軍事作戦が始まった。

ドンバスの人々を守り、祖国の安全を保障するという任務を遂行する中で、ロシアの兵士や将校たちは、真の英雄のごとく勇敢に行動している。

我が国の軍人は、自らの正当性を十分に理解したうえで、頑強に戦っている。

けがを負っても兵士や将校は隊列を離れない。

彼らは戦友や民間人を救うため、自らを犠牲にし命を捧げている。

戦闘において、我が軍もドンバスの義勇兵らも、実に勇猛果敢に挑んでいる。

ドネツク方面で活動している第100自動車化狙撃旅団の隊員を紹介したい。

アレクセイ・ボリソヴィッチ・ベルンガルド大佐の指揮のもと、兵士らはヴォルノヴァーハ地区で、この8年の間に民族主義者らが整備、強化してきた、深い防御線を突破した。

戦車小隊長のヴィクトル・ソコリニク中尉は戦闘中、戦車5台を撃破した。

2月25日、チュギンカ地区で、第163戦車連隊の中隊長アレクセイ・リョフキン大尉は、戦車15台と歩兵戦闘車6台を有する民族主義者らの部隊と遭遇した。

部下とともに敵部隊を攻撃したリョフキン大尉は、すべての歩兵戦闘車と戦車5台を殲滅し、損失を出すことなく戦闘任務を遂行した。

ヌルマゴメド・エンゲリソヴィッチ・ガジマゴメドフ上級中尉にロシア連邦英雄の称号を授与する大統領令に署名した。

残念ながら、死後となったが。

彼は、戦闘において確信を持って指揮に当たり、真の司令官として部下たちを守った。

重傷を負ってもなお、彼は最後まで戦い抜き、自分を取り囲んでいた戦闘員らを自らと共に手榴弾で吹き飛ばした。

彼がそのような行動に出たのは、相手が、捕虜を虐げ残忍に殺しているネオナチであることを理解していたからだ。

私はロシア人だ。

よく言われるように、一族みなイワンかマリアという名前ばかりだ。

しかし、ダゲスタン出身で民族はラック人である青年ヌルマゴメド・ガジマゴメドフや、そのほかさまざまな戦士たちの英雄的行為を見るにつけ、私はこう言いたくなる。

私はラック人であり、ダゲスタン人であり、チェチェン人、イングーシ人、ロシア人、タタール人、ユダヤ人、モルドビン人、オセチア人でもあると。

ロシアの300を超える民族をすべて挙げるのは不可能だ。

それは皆さんも理解してくれると思う。

しかし私はこの世界の一員であること、屈強で、力強く、かつ多民族であるロシア国民の一人であることを誇りに思う。

同時に私は、ロシア人とウクライナ人が一つの民族であるという確信を、決して捨てることはない。

たとえ、一部のウクライナ人が脅かされ、多くの人々がナチスの民族主義的プロパガンダに洗脳されているとしても。

そしてもちろん、大祖国戦争でヒトラーの側についたナチスの協力者であるバンデーラ派の道を自らの意思で進んでいる者もいる。

私たちがまさにネオナチと戦っているということは、戦況を見ればわかる。

民族主義者やネオナチの部隊は、その中には中東などからやってきた外国人よう兵もいるが、彼らは民間人を人間の盾にして身を隠している。

すでに言及したことだが、完全に客観的なデータ、彼らが大型兵器を住宅地に配備していることを示す写真がある。

彼らは一緒になってまさにそのような形で、非常に過激なならず者のように行動し、住宅や幼稚園、病院から兵器を撤去するという約束を守る代わりに、逆に戦車や大砲、迫撃砲などをさらに送り込んでいる。

また、彼らはウクライナに留学していた数千人の若者や学生といった外国人も人質にとった。

ハリコフの鉄道駅では3179人のインド人、その多くが学生だったが、彼らを1日以上留め置いた。

そして彼らの多くはいまだに足止めされ続けている。

スムイには576人がいる。

ネオナチは、ハリコフから逃げ出そうとしていた中国人留学生らにも発砲した。

そのうち2人がけがを負った。

繰り返すが、数百人の外国人が戦場から逃げ出そうとしているのに、彼らはそれを許そうとしない。

実質、人質に取って時間稼ぎをしているか、もしくはリビウ経由でポーランドに避難するよう提案している。

それはつまり、戦場全体を通過するということで、彼らをリスクに晒すということだ。

我が軍は、例外なくすべての戦闘地帯に人道回廊を設けた。

民間人や外国人が安全な場所へ移動できるよう輸送手段も提供した。

もう一度言っておく。

民族主義者らが、それを許さないのだ。

そのうえ、今、外国人たちには自国政府に連絡するよう指示している。

それを受けて(各国政府が)ウクライナ外務省に連絡しなくてはならない。

実質、人々は戦火の中に捨て置かれているのだ。

自国民に対しては、ネオナチはさらにひどい扱いをしている。

すでに述べたように、人々を人間の盾にしている。

我が軍は次のような事実も指摘している。

ドンバスの人民共和国の都市、セヴェロドネツク、リシチャンスクなどでは、アパートの住民たちが中層階に追いやられ、下層階では窓や壁が破壊されて大型兵器や大砲が設置され、戦車が置かれ、屋上や上層階には迫撃砲とスナイパーが配置されている。

これだけ非人間的に民間人を扱ったのは、ソビエト軍がウクライナの解放などを目指して戦った時のファシストだけだ。

繰り返すが、我が軍の兵士や将校は民間人の犠牲を出さないために力を注ぎ、残念ながら自らが犠牲になっている。

祖国の安全のため、ロシア国民のために戦って犠牲となった戦死者やけがを負った兵士らの家族を支援することは、我々の義務である。

ウクライナでの特別軍事作戦で犠牲となった軍人の遺族全員に、法に規定された保険金と一時金が支払われる。

その額は742万1000ルーブルだ。

また、遺族には毎月、補償金が支払われることになる。

しかし、それ以外に、作戦に参加して犠牲となった国防省の軍人、およびほかの治安機関の職員らの遺族には、500万ルーブルの追加支給を実施する必要があると考えている。

作戦遂行の際にけがを負ったすべての軍人も、相応の支給金を受け取ることになる。

それはけが、外傷、挫傷などに対する保険金と一時金のことである。

もし契約に基づいて軍務に就いていた者が、けがによって軍務に不適合となった場合は、296万8000ルーブルの一時金が支払われる。

障害者となった場合、毎月補償金を受けることになる。

これらの措置は全て、すでに法に規定されている。

それとともに、作戦に参加しけがを負った国防省の軍人やその他の治安機関の軍人、職員には、300万ルーブルの追加支給が必要だと考えている。

改めて言っておく。

今、ウクライナでは私たちの兵士や将校がロシアのために、ドンバス住民の平穏な暮らしのために、ウクライナの非ナチ化、非軍事化のために戦っている。

何年もかけて西側がロシア国境のすぐそばに作り上げてきた「反ロシア」が、わたしたちを脅かすことのないように。

最近あったように核兵器で脅されるというようなことのないように。

我が国の国民は、自国の軍に誇りを持っている。

私たちは常に、戦死した戦友を記憶に残していく。

彼らの家族、子供たちを支えるため、彼らに教育の機会を与え、家族や親族を支援するために、できるだけのことをする。

ウクライナでの特別軍事作戦における任務遂行にあたり犠牲となった戦士たちを追悼したい。

(黙祷)親愛なる同志の皆様特別軍事作戦は、厳密に予定に従う形で、計画通りに進んでいると申し上げたい。

すべての任務は成功裏に達成されつつある。

国防相から詳しく報告してもらう。

セルゲイ・クジュゲートヴィッチ(訳注:ショイグ国防相の名前と父称)、どうぞ。