[オウェリ(ナイジェリア) 20日 トムソン・ロイター財団] – コンスタンス・チオマさん(57)は、毎朝、ナイジェリア北東部で勉学に勤しむ息子に電話し、安否を確認する。その地域では、イスラム過激派組織の破壊的な攻撃や武装勢力による誘拐が多発しているからだ。
だが今月初め、電話はつながらなくなった。
その後チオマさんは、自分の携帯電話で使っているSIMカードが、発信を禁止された約7300万枚に含まれていることを知った。ナイジェリアで使われている1億9800万枚のSIMカードの3分の1以上に相当する数字だ。発信禁止の理由は、デジタル国民識別データベースに登録されていないから、である。
「仕事に集中できなかった。息子は無事なのかと不安で気が気ではなかった」とチオマさんは言う。彼女はナイジェリア南東部の都市オウェリで教師をしている。
「北部では治安が悪化しているから、息子と話せないのは怖い」
ナイジェリアの他、ガーナやエジプト、ケニアを含む多くのアフリカ諸国には、SIMの登録を求める法律がある。当局はセキュリティーの観点から必要な措置だと言うが、デジタル人権の専門家は、監視が拡大し、プライバシーが侵害されていると指摘する。
ナイジェリアは約10年前から、11桁の電子国民識別カードを導入しており、指紋や写真を含む個人情報・生体情報を記録している。
この国民識別番号(NIN)は、銀行口座の開設、運転免許の申請、投票、健康保険への加入、税務申告の際に必要になる。
ナイジェリアの通信規制当局は2020年、実際に使われている携帯電話の番号をすべてユーザーのNINとひも付けなければならないと発表した。登録の期限は何度か延長されたが、今年3月31日が最終だった。
政府によれば、4月4日以降、未登録の携帯電話番号からの発信が禁止されたという。
だが、ナイジェリア国民のうち数百万人は自分のSIMカードを登録していない。理由は、プライバシー上の懸念、登録センターが利用しにくいこと、さらにはNIN自体を持っていないなど、さまざまである。
「NINとSIMをひも付けなければならない理由について、合理的な説明がない」と語るのは、ナイジェリア南東部で活動するジャーナリスト、ンネカ・オルジ氏。自身のSIMは未登録だという。
オルジ氏はトムソン・ロイター財団の取材に対し、「今のところ登録する気にならないのは、それが理由だ」と語った。
オルジ氏は「ワッツアップ」を使って通話をしているが、連絡先の全員がこのメッセージングサービスを使っているわけではない。
NINとのひも付けを監督している政府の国民識別管理委員会(NIMC)の広報担当者にコメントを求めたが、回答は得られなかった。
政府が数百件もの身代金目当ての誘拐を重ねる反体制派・武装犯罪組織への対策を進めるなかで、こうした政策はセキュリティー改善と犯罪者特定のために必要な政策だというのが当局の主張だ。
ナイジェリアは12年にわたり、イスラム過激派との戦いを続けており、世界最悪レベルの人道的危機が生じている。国連の推定によれば、農業や医療へのダメージによる間接的な死者も含めれば約35万人が命を落としているという。
<顧客に連絡できず>
市民に対し携帯電話と国民識別データベースのひも付けを求める動きに、プライバシー保護活動家の間では懸念の声があがっている。彼らは、アフリカ諸国の政府は新たなテクノロジーと法律を使って市民や反体制派への監視を強めていると警告する。
未登録携帯電話からの発信禁止というナイジェリアの命令について、同国憲法で保障された「表現の自由やプライバシーといった権利を侵害している」と指摘するのは、ラゴスのフェスタス・オグン法律事務所のマネジング・パートナーを務める人権派弁護士のフェスタス・オグン氏。
「いったい何の法律を根拠に、何百万人もの市民を今日のデジタル経済から締め出そうというのか」とオグン氏は問いかける。人々は、銀行の利用やモバイル決済、公的サービスの利用に携帯電話を利用しているからだ。
人権擁護団体によれば、携帯電話が使用できなくなって特に困っているのが、農村地域の女性だ。モバイル通信ネットワークが不安定で、道路網も不十分であり、登録センターに行く手段が限られている場合があるからだ。
南西部のイモ州にあるアワッラ村の路上で食品を販売しているチャリティ・エレムさんは、約60キロ離れたオウェリ市に設けられた登録センターに行くような余裕はない、と語る。
「常連客の中には、オウェリから来る人もいる。でも携帯が使えないので、何か注文したいものがあるかどうか電話で聞くこともできない」とエレムさんは言う。「たぶん、よそで買ってしまうだろう」
公式データによれば、ナイジェリア国内には、地方政庁の所在地に1カ所の割合で合計800カ所近い登録センターがある。利用しやすさという点についてNIMCに問い合わせたが、回答は得られなかった。
個人データの安全性を懸念する声もある。
ナイジェリア南西部のイバダンにあるコールセンターで働くフェイバー・アカチュクウさんは、「NIMCや電話会社が、私のデータをきちんと保護できるようなインフラを用意しているとは思えない」と語る。自身の携帯は未登録だという。
アカチュクウさんは、ナイジェリア国内で銀行口座を持つために必要な彼の11桁の銀行認証番号を知っている詐欺師から、ひっきりなしに電話がかかってきたという。彼の口座にアクセスするために、さらに詳細な情報を引き出そうという狙いだ。
<建前は犯罪対策>
東アフリカに位置するケニアでも同じように、セキュリティー改善を理由として、当局が市民にモバイルSIMカードの登録を指示している。ケニアの携帯電話加入件数は約6500万件だ。
ケニア通信庁のエズラ・チロバ長官は前週、ツイッターに「金融詐欺、誘拐、テロおよび関連の犯罪は、不正SIMカードが登録される状況で頻繁に見られる」と投稿した。
「登録の記録を最新状態に保つことを通じて私たちが貢献しなければ、この種の犯罪との戦いに勝つことなどできるだろうか」
SIMカード登録の期限が4月15日だったため、携帯電話が使用不能になることを恐れた何千人もの市民が、ナイロビ市内各地の電話会社支店に押しかけた。
「詐欺は非常に多いから、良い話なのではないか」と語るのは、ナイロビ郊外ラビントンにある電話会社サファリコムの支店前で行列していた、シェフのデニス・ブレッシング・ワンジャさん(31)。
通達が突然だったことに対する市民や電話会社からの苦情を受けて、当局は登録期限を10月15日まで延長した。
ナイジェリアのチオマさんに話を戻そう。彼女は「ワッツアップ」を使って息子と連絡を取っているが、接続状況が良くないため、いつでも言葉を交わせるわけではない。
「発信が禁止されて、あっさり息子と話せなくなるなんて、思いもしなかった」とチオマさん。
「息子との繋がりがそれほど強固なものではないと感じている」
(Kelechukwu Iruoma記者、Justice Nwafor記者、翻訳:エァクレーレン)