[東京 27日 ロイター] – 日銀総裁候補の植田和男元審議委員は27日、参議院議院運営委員会で、黒田東彦総裁の下での異次元緩和の点検・検証について「必要があれば実施する」と述べた。ただ論点は多岐にわたり、実施の場合は点検作業に時間がかかるとした。

金融政策の運営に関しては、基調的な物価上昇率は2%まで距離があり、現行の金融緩和が適当との考えを改めて表明。金融緩和を見直す場合の手段について「考えていないわけではない」と述べたが、具体論には踏み込まなかった。

植田氏はまた2%物価目標の正当性を強調。2013年に策定された政府・日銀の共同声明の考え方は適切であり「直ちに見直す必要があるとは考えていない」と述べた。

<異次元緩和の包括点検>

植田氏は、金融政策の点検・検証について、毎回の金融政策決定会合で政策判断に当たって行う経済・物価・金融情勢の点検と、金融政策の枠組みなどをテーマにより包括的に行う点検を分けて議論した。

黒田総裁の下で行われてきた異次元の金融緩和をテーマに特別に点検するかは「就任後に必要性があることが分かればやっていきたい」と述べた。ただ、その場合は長期にわたる金融緩和を様々な角度から検証する可能性があるため「時間をかけて、ゆっくりとした点検を行う姿が考えられる」とした。

新体制が発足する4月に、黒田総裁の下での金融緩和を検証すべきではないかと問われたが「4月以降、当面の政策運営に必要な点検は毎回の決定会合前に十分行える」と話した。

<緩和政策の見直し、具体論は尚早>

植田氏は「現状では消費者物価は4%程度上昇しているが、基調的な動きは2%には間がある」として金融緩和の継続が適当だと指摘。引き締め方向に見直すには「基調的な物価の判断が大きく改善することが必要」と述べたが、政策の見直しの具体的な進め方については言及を避けた。

「どういう風に見直すか具体論について考えていないわけでないが、さまざまな影響があり、どのようなやり方が適切か、この時点で具体的に話すのはいかがか」と答弁した。長期金利のコントロール対象を10年から短期化することはイールドカーブ・コントロール(YCC)見直しの「1つのオプション」と述べたものの、取り得るオプションはほかにも多くあるとし、それ以上踏み込まなかった。

一方で、金融緩和を継続しても基調的なインフレ率が上がってこなければ「副作用などを考えて、より持続性の高い金融緩和の仕組みを考えていかなければいけない」とした。

<金利の変動幅拡大、効果不十分なら追加対応も>

所信では、現在の日銀の金融政策は「適切」との見解を改めて示し、「さまざまな副作用があるが、物価目標に向けて必要かつ適切な手法」と評価。「今後も、情勢に応じて工夫を凝らしながら金融緩和を継続することが適切」と強調した。

植田氏は「当面はイールドカーブ・コントロール政策のもと、短期と長期の金利を現在の水準に誘導しつつ、必要に応じて国債を買う政策を続ける」と明言した。

その上で、現在の金融緩和はメリットが副作用を上回っていると述べた。YCCについて、メリットは金利を適切な水準にコントロールすることで大規模な緩和の効果が持続することだと指摘する一方、市場機能への影響がデメリットだと説明。

日銀は昨年12月、市場機能低下への配慮から長期金利の変動幅を拡大するなどYCCの運用を一部見直したが「現状はこの効果を見守っているところだ」と述べた。市場機能低下を防ぐ効果が不十分と判断した場合については「どういう措置が可能か、いろんな可能性がある」とした。

金融緩和で金利が大幅に低下してある水準を下回ると、かえって副作用が大きくなり金融仲介機能が阻害される「リバーサルレート」理論については、現在、金融機関の自己資本は充実し信用コストも大幅に低下しているとして「金融仲介機能が阻害されているとは思えない。リバーサルレートにはまだ達していない」と述べた。

消費者物価指数(除く生鮮食品)の上昇率の実績値が安定的に2%を上回るまでマネタリーベースの拡大を続ける「オーバーシュート型コミットメント」については、当面続けるべきだが「結果的にインフレ率がインフレ目標を大幅に上回るリスクがないか、常に注意して政策を運営していくべきだ」と指摘した。

<金融市場は「金融政策の波及経路の起点」>

植田氏は金融緩和の継続で総需要を支えることで、賃金上昇を伴って物価目標を持続的・安定的に実現していくことが可能だと述べた。安倍晋三政権の経済政策「アベノミクス」で大胆な金融緩和を続けてきたことは、消費者物価が2%目標を下回る中で「妥当だった」との考えを示した。

金融緩和で物価上昇の実現は可能かと問われ「財サービス・総需要に働きかけることで物価・賃金を上昇させることは可能」と答えた。もっとも、金融政策だけで物価が決まるわけではなく、「その他の要因の大きさ次第では金融緩和が物価上昇を生み出すのに時間がかかる」と語った。

また、金融資本市場は「金融政策の波及経路の起点に当たる」と指摘。市場とのコミュニケーションは非常に重要だと語った。

<2%目標恒久化「任期5年のためコミットできない」>

政府と日銀による共同声明の変更について「私個人として考えていない」と答えた。政府側から変更を求められる場合を問われ「声明の金融政策関連部分は政策委員会で議論し態度を決めたい」と述べた。

植田氏は、2%目標について「現在どこかで具体的に変更することは考えていない」とした。物価の安定とはゼロ%の物価上昇率であるとの見方を示し「物価がゼロ%からずれればずれるほどコストが発生する」と指摘。ただ、物価上昇を加速させない中立金利が低すぎると金融政策の「のりしろが少なくなる」ことなどから、2%の物価上昇率が世界的な標準であると説明した。

2%目標の恒久化が必要ではとの質問に対して、植田氏は「任期が5年のためコミットできない」と回答した。

日銀の自己資本に関し、「一時的にマイナスになっても通貨に対する信認が保たれる場合、自己資本は民間企業ほど重要でない」と明言した。同時に「自己資本が注目され通貨の信認が低下するリスクがゼロではない」とも述べた。

日銀の政府からの独立性について「目的と手段の両面がある」と指摘した。

<消費増税は多面的影響>

消費税引き上げの影響については「引き上げは駆け込み需要とその反動、実質所得減少の経路から消費・経済に影響を及ぼす」と指摘。一方で「引き上げは、若干将来に不安をおぼえている家計にとって、将来の財政の信認を高めることから、前向きな支出行動を後押しする面もあるとする学者もいる」とし、これらが合わさって多面的な影響が出るとの認識を示した。

財政政策について具体的な評価は差し控えるとしたが、政府・日銀の共同声明にもあるように、「政府サイドで中長期の財政運営に対する市場の信認が得られるような財政構造を確立するよう努力するのは重要だ」と語った。

(和田崇彦、竹本能文、杉山健太郎 編集:田中志保、石田仁志、青山敦子)