高市改造内閣は、主要閣僚を留任させ、政策の継続性を重視した。高市早苗首相は16日に開かれた自民党の臨時総務会で、「党・政府一丸となって難局を打開し、国民のみなさまに経済成長による豊かさと安心を実感していただけるまで、政策で未来を開いてまいりたい」と述べ、今回の人事の狙いを語っている。

一部メディアには、党の役員人事を含めた今回の一連の人事について、積極財政の推進と来年の総裁選を意識したものとの解説がある。それを否定するわけではないが、今回の人事で注目すべきなのは、国会対策委員長と参院幹事長の人事だ。この人事の狙いは何か。国会に蔓延している旧弊の「打破」ではないか。

そうだとすれば、閣僚経験のないまま国会対策委員長に就任した村井英樹氏と、参院幹事長に指名された青木一彦氏の今後の動静が、改造内閣の成否を左右することになる。

国会とはどのようなものか。一般市民には、裏の裏にある実態までは分からない。想像するに、与野党を問わず、閣僚経験者や重要ポストを経験したベテラン議員が、衆参両院で重きをなしている世界ではないか。

ここでは、表面的な駆け引きよりも、水面下で繰り広げられる与野党を超えた人間関係が、政策の先行きを左右しているように見える。積極財政に賛成か反対か。人脈や人間関係が重きをなし、「国民生活」は二の次、三の次といった雰囲気が蔓延しているように見える。

1月の総選挙で高市政権は、衆議院で3分の2を超える歴史的な大勝利を収めた。にもかかわらず、本年度予算案の衆院通過は4月初旬までずれ込んだ。世論のうねりは、国会の採決にほとんど影響を与えなかった。

挙げ句の果てに参院では、国会の会期末近くになって未成立法案をめぐり与野党が対立。野党は国会審議を拒否するという常識外れの「愚策」で団結した。

いつものこととはいえ、国会というのは、進歩や改善、妥協とは無縁の世界であることを露呈した。国民民主党のキャッチコピーである「対決より解決」の真逆、「解決より対決」に逆戻りしたのである。

強引な国会運営、前例無視、熟議――。こうした旧態依然とした言葉が、対決姿勢を取り戻した野党のベテラン議員から、活き活きとした口調で語られた。

もちろん、前例を無視した自民党にも責任はある。だが、前例には良い前例も悪い前例もある。悪い前例は、どんどん変えるべきだ。熟議も同様である。熟議を強い口調で要求する野党議員の未熟な質問を、私は何度も聞いてきた。大きな声で怒鳴ることは、熟議とは本質的に違う。

数え上げたらキリがない。政治とは何か。単純化すれば、外交、防衛、国民生活の向上に尽きる。国民一人一人を豊かにすることで、国力を高める。旧弊にこだわるだけで、日本は豊かになるのだろうか。

旧態依然とした国会運営に、改革の火を灯そうとしたのが、冒頭に挙げた国会対策委員長と参院幹事長の交代人事ではないか。

一部メディアには、与野党に人脈があり、参院のドンとも言われる石井準一前幹事長を交代させることは、少数与党にとってリスクが大きいとの指摘があった。果たしてそうだろうか。いま問われているのは、旧弊に楔を打ち込む政治ではないか。