ロシアのプーチン大統領が13日、北方領土の一つである択捉島を訪問した。何のためなのか。

ウクライナ戦争で苦戦を強いられ、エネルギー不足や物価高騰によって国民の間に不満が鬱積する中、日ロ間の領土問題に火をつけ、ロシア国民の不満を日本に向ける狙いがあるのだろう。独裁国家が得意とする「焦点ずらし」とも受け取れる。

おそらく、それだけではないだろう。

日本に軍国主義が復活しているとの根拠のない不安をあおり、経済不振などに対する国民の不満を日本に向けようとしている中国。習近平総書記に対する支援という意味もあるのだろう。北朝鮮に接近するロシアが、中国を側面支援する見返りとして、中国、ロシア、北朝鮮の結束を一段と強めようとしているのかもしれない。

これに対して高市早苗首相は13日、間髪を入れずにプーチン氏を厳しく批判した。

「北方領土は、歴史的にも国際法上も我が国固有の領土であります。ロシアの現職の大統領による今般の択捉島訪問は、北方領土に関する日本の一貫した立場と相容れません。また、日本国民の感情を傷つけるものであり、断じて許容できません」

との発言である。

その通りだろう。

一国民として、「無能なプーチン」「時代遅れのプーチン」「戦争犯罪人のプーチン」と心の中で罵倒したくなる。だが、こんな感情を抱くのは私一人ではないだろう。今回の訪問によって、プーチン氏に対する日本国民の反感はさらに強まったはずである。

ウクライナ戦争では、ロシアによる侵攻開始から4年半が経過しようとしている。2022年2月24日に侵攻を開始した当初、短期間でウクライナを制圧できると考えていたとされるプーチン氏だが、4年半近くが経過した現在も戦争は終わっていない。

むしろ最近では、ウクライナ側が一部の戦線で攻勢を強めている。

12日には、ウクライナのゼレンスキー大統領が、同国軍が今年に入り南東部の戦線一帯でロシア占領下にあった745平方キロメートルの領土を奪還し、作戦は「計画通りに進んだ」と成果を強調した。ロイター通信によると、ウクライナ側は26の集落を奪還したと主張している。一方、戦況の全体像については双方の発表に隔たりがあり、ウクライナ側の主張をそのまま戦争全体の戦況とみなすことには慎重さが必要だ。

それでも、ウクライナによるロシア国内の石油関連施設などへのドローン攻撃が相次いでいることは事実であり、ロシア国内のエネルギー供給にも影響が出ていると報じられている。

国際政治の闇は深い。

プーチン氏が今回、何を目的に択捉島に足を運んだのか。ロシア側は択捉島を自国領として扱い、今回の訪問でもその主権を改めて強調した。日本政府はこれに対して強く抗議し、ロシア側は日本の抗議を「侮辱的で法的根拠がない」として拒否した。

今回の訪問が何を意味するのか、専門家による今後の検証を待つ必要がある。

とはいえ、日ロ間の国民感情がさらに悪化することは間違いないだろう。日本国内の親ロシア派の政治家や官僚、メディアは、今回の大統領訪問をどのように解釈するのだろうか。興味深いところである。

読売新聞も今回のプーチン氏の行動について、「『日本国民の感情を傷つけるもので、断じて許容できない』と(高市首相が)抗議したのは当然だ」、「プーチン氏の暴挙は、断じて容認できない。日本政府は揺さぶりに動じることなく、毅然と対処する必要がある」と論じ、高市首相の対応を支持している。

とはいえ、日本が取れる手段は限られている。

もしプーチン氏が、ウクライナでの戦況の手詰まり感から国民の目をそらすために今回の行動に出たのだとすれば、日本としてはウクライナへの支援を強化することも一つの選択肢ではないか。

ウクライナはいま、ロシアによるミサイル攻撃を防ぐ防空能力が不足している。もちろん、米国のトランプ大統領と事前に十分協議する必要がある。しかし、「敵の敵を支援する」という単純な発想ではなく、ロシアの戦争遂行能力を低下させ、国際秩序を守るという観点からウクライナを支援することには意味があるのではないか。

いずれにしても、日本はウクライナとの関係をさらに強化する必要がある。

ゼレンスキー氏は2025年9月、国連安全保障理事会で「中国なしではプーチンもロシアも何もできない」と述べ、中国がロシアの戦争を支えていると批判した。

高市政権がウクライナへの関与を強めれば、中国の反発を招く可能性もある。しかし、だからといって中国やロシアの反発を恐れ、ウクライナとの関係強化をためらうべきなのか。ここに日本外交の難しさがある。

国際政治が「闇」たる所以である。

プーチン氏の択捉島訪問は、単なる日ロ間の領土問題にとどまらない。日本外交が、中国、ロシア、北朝鮮、そして米国との複雑な力学に引きずり込まれる契機になる可能性がある。

闇が横行する国際政治の中で、平和国家・日本が国際社会から正当な評価を得るためにも、今回の問題を通して、日本外交の「真価」が厳しく問われることになる。