昨日21時から放送されたNHKスペシャル「円安解剖 私たちの暮らしはどうなる」を見た。歴史的な円安と長期金利の上昇によって、暮らしが一段と苦しくなる――。そうした、これまで繰り返し聞いてきた話が中心だろうと思っていた。
前半は予想通りだった。ところが後半になると、番組は「円の流出」という、日本経済の構造的な問題に焦点を移した。円安の背後で、日本から海外へ資金が流れ続けている実態を浮き彫りにしていた。
番組は、円安の背景として①日米金利差、②財政の持続可能性、③円の流出――という三つの問題を取り上げた。①と②は主要メディアでも繰り返し取り上げられてきたテーマだ。
私が注目したのは、③の「円の流出」である。
解説を務めたのは、学習院大学教授の清水順子氏と、みずほ銀行チーフマーケット・エコノミストの唐鎌大輔氏。唐鎌氏は以前から、日本から海外への資金流出が進み、海外で得た外貨収益などが国内に十分還流しない構造を「構造的な円安」の背景として指摘してきた。
今回の番組が興味深かったのは、この「円の流出」を企業の海外投資だけに限定しなかったことだ。
日本企業の海外投資に加え、海外のデジタルサービスへの支払い、エネルギー輸入、個人による海外投資など、日本から海外へ資金が向かうさまざまな経路が紹介された。番組では、日本のデジタル分野の赤字が年間6.6兆円に上ることや、エネルギー輸入額の増加なども取り上げられた。
企業について見れば、海外に進出した日本企業が現地で利益を上げても、その資金を必ずしも日本国内へ還流させるとは限らない。現地で再投資すれば、利益は海外にとどまる。
つまり、日本から資金が海外へ流出する一方で、海外で稼いだ資金が国内に戻ってこない。さらに新たな資金が海外へ流出する。この資金循環の変化は、円安を考えるうえで極めて重要な問題だ。
これこそ、円安の背後に隠れている「日本売り」の一つの姿ではないだろうか。
この問題を考えるうえで印象に残ったのが、小林喜光氏のコメントだった。
小林氏は三菱ケミカルグループの社長、会長などを歴任し、経済同友会代表幹事を務めた。現在は日本生産性本部の会長である。
小林氏が指摘するのは、日本の生産性や国としての魅力の問題だ。生産性を高める政策や、企業が投資したくなる国としての魅力がなければ、海外企業は日本に投資しない。企業が「国を選ぶ」時代に、日本が選ばれなければ資金も人も集まらないという考え方である。小林氏は以前から、日本の国力低下や生産性向上の必要性を指摘してきた。
言い換えれば、円安の問題を為替政策だけで解決することは難しい。日本の「国力」、すなわち生産性、成長力、投資先としての魅力をどう高めるかが問われている。
ここで、財政政策についても考える必要がある。
財務省や主要メディア、政治家、官僚など、PB(プライマリーバランス)の黒字化を重視する、いわゆる財政健全化派は、この問題をどのように考えるのだろうか。
財政健全化は重要だ。しかし、財政収支の改善だけを追求して国内投資が細り、日本の成長力や生産性が低下すれば、結果として「国としての魅力」が失われ、海外からの投資も呼び込めなくなる可能性がある。
高市政権は「責任ある積極財政」を掲げ、国力の回復を目指している。
ならば、この際、単に円安を止めることだけを目標にするのではなく、日本に海外から資金を呼び込む政策を本格的に考えてはどうだろうか。
円高を促す政策と、海外企業の国内投資を促進する政策を組み合わせる。日本の投資不足を解消する主体は、国内企業だけではない。海外企業を積極的に呼び込むことができれば、国内に新たな投資、雇用、技術が生まれ、日本経済の新たな成長エンジンになる可能性がある。
日本が「資金が海外へ流出する国」から、「世界から資金が集まる国」へ転換できるかどうか。
私は、ここに円安問題の本質があるように思う。
国内の主要メディアは、国債増発について財政悪化を招くとの警告を繰り返している。しかし、財政問題だけに焦点を当ててしまえば、日本から資金が流出し、海外で得た資金が国内に戻ってこないという、より根本的な問題を見落とすことになりかねない。
今回のNHKスペシャルが示した「円の流出」は、日本経済を考えるうえで極めて重要な視点だ。
国力が衰退しているのであれば、必要なのは国債発行の是非だけをめぐる議論ではない。
どうすれば日本に投資したいと思う企業や人を増やせるのか。どうすれば海外で稼いだ日本企業の資金が国内に戻り、国内投資につながるのか。そして、どうすれば日本そのものを「投資したい国」に戻せるのか。
「円安解剖」の本質的な論点はここにある。