◇主要メディアに共通する「思い込み」◇

以下は筆者個人の推測である。

今回の問題の背景には、時事通信に限らず、日本の主要メディアに共通する財政問題への「思い込み」があるのではないか。

財務省や日銀、内閣府を取材する記者は、どこの社でも経済・財政分野を担当する専門記者を配置している。政権幹部や官僚、日銀幹部と日常的に接する、いわば経済報道のエリートである。

しかし、専門家や官僚を取材することと、その主張を批判的に検証することは別問題だ。

取材対象である財務省や日銀、政権幹部から得た説明を前提として記事を書けば、取材は効率的になる。しかし、それを繰り返せば、記者自身の問題意識が次第に取材対象側の論理に引っ張られる可能性もある。

かつては、霞が関の主流派に食ってかかる硬派の記者が数多くいた。現在は、官僚や専門家の説明をそのまま記事にする傾向が強くなっているのではないか。

もちろん、これは筆者の印象に過ぎない。

しかし、財政問題をめぐる報道を見ていると、そう感じることが少なくない。

例えば「財政健全化」である。

「PB(プライマリーバランス)の黒字化」だけが財政健全化の唯一の方法ではない。

骨太方針2026が採用したのは、PB単年度黒字化を機械的に追うのではなく、国・地方の総債務残高対GDP比を安定的に引き下げることを中核目標とし、PBなど複数の指標を組み合わせて財政状況を管理する考え方だ。

これは財政規律を放棄することとは違う。むしろ問題は、どのような方法で財政の持続可能性を確保するかである。

高市政権が掲げる「責任ある積極財政」は、投資によって国内の供給力と成長力を高め、経済規模を拡大することで、債務残高対GDP比を安定的に引き下げることを目指している。内閣府も、国内投資を促進し、「強い経済」の構築と「財政の持続可能性」を両立させる考え方を明示している。一方、PB黒字化を重視する政策は、歳出抑制や増税によって収支を改善する方向に力が働きやすい。

単純化すれば、前者は成長によって財政を改善する「拡大型」、後者は歳出削減や増税によって財政を改善する「緊縮型」と言っていい。

ここは重要な点だ。

PB黒字化と積極財政は、必ずしも財政健全化と対立する概念ではない。どちらも最終的には、政府債務を持続可能な水準に抑えることが目的だからだ。

筆者は積極財政を支持している。

しかし、この政策にも弱点がある。

それは、投資の成果が出るまで時間がかかることだ。

政府が投資を増やしても、それが直ちに生産性向上やGDPの拡大につながるとは限らない。投資の選択を誤れば、単に政府債務だけが増える可能性もある。

だからこそ、積極財政には厳しい検証が必要になる。

その意味で、メディアが積極財政に賛成か反対かは本質な問題ではない。

重要なのは、「どの投資がGDPを押し上げるのか」「その投資によって税収はどの程度増えるのか」「金利が上昇した場合にも財政の持続可能性を維持できるのか」という点を具体的に検証することだ。

「GDPの伸び率>債務の伸び率」という関係は、その一つの重要な目安になる。

GDPの伸びが債務の伸びを上回れば、単純化すれば債務残高の対GDP比は低下する。逆に債務の伸びがGDPの伸びを上回れば、債務比率は上昇する。

ただし、実際の財政の持続可能性はこれだけで決まらない。金利、PB(プライマリー・バランス)、インフレ率、国債の平均償還年限など、複数の要素を考える必要がある。だからこそ、骨太方針2026もPBだけではなく、債務残高対GDP比、財政収支、利払い費、公債依存度、国債発行額、税収など複数の指標を検証する方針を示している。

この点について、健全財政派はもっと深く政権に論争を挑むべきではないか。「積極財政だから危険だ」と批判するだけでは不十分だ。こうした具体的な問いを政権に突きつけることこそ、経済報道の重要な役割ではないだろうか。

今回の時事通信の初稿は、こうした問題の本質から大きく外れていた。「財政健全化」という言葉を使うかどうかをめぐる論争に終始するのではなく、どの指標を使って、どのような経路で財政の持続可能性を実現するかを検証する。

本来の論点はこちらではないか。

◇ズレていた取材の“論点”◇

もう一つ、今回の問題で気になる点がある。

城内氏が26日に講演した会は、「篠原文也の直撃!ニッポン塾」だったことが確認できた。大分合同新聞は26日、城内氏が「直撃!ニッポン塾」で講演したと報じている。篠原文也氏は元日本経済新聞社の記者で、現在は政治解説者。「篠原文也の直撃!ニッポン塾」の主宰・塾長でもある。

この勉強会は以前から政界・財界関係者らが参加する場として開催されている。過去の参加者についても、企業関係者が参加したことを伝える報道があり、例えば2016年には日本共産党の志位和夫委員長が「直撃!ニッポン塾」で講演し、企業関係者らから質問を受けている。

したがって、城内氏の講演も、単なる記者会見とは性格が異なる。城内氏は、政府が7月21日に閣議決定した「骨太方針2026」について説明した。「責任ある積極財政」の前提は政府と企業が一体となって危機管理投資や成長投資を進めるということである。城内氏の講演はそれを意識したものであったのだろう。

そう考えると、今回の講演を取材する際に重要だったのは、「財政健全化」という言葉が削除されたことではない。

むしろ、

「なぜPB単年度黒字化から債務残高対GDP比へ重点を移したのか」

「積極財政によって本当にGDPを押し上げられるのか」

「17の戦略分野への投資をどのように成長につなげるのか」

「金利上昇局面でも財政の持続可能性を維持できるのか」

という点ではなかったか。

ここを掘り下げれば、読者にとってはるかに価値の高い記事になったはずだ。もちろん、時事通信がどのような意図で初稿を書いたのかは外部からは分からない。ましてや、「高市政権潰し」や「アンチ積極財政」の意図があったと断定することもできない。

しかし、初稿が城内氏の意図とは異なる印象を与えたことは、本人のX投稿から明らかだ。講師の意図を正確に伝え得るのがメディア本来の仕事ではないのか。講師の意図を批判したければ、解説など別稿を用意して批判するのが筋だ。

さらに、差し替え記事では初稿にあった日銀関連の記述が削除され、城内氏の「財政の持続可能性を確保することは極めて重要だ」という説明が加えられている。要するに初稿はアンチ高市、アンチ「責任ある積極財政」と受け止められても仕方ない。講師に違和感を抱かせ、Xへの投稿を受けて講師の意に沿う形で差し替えた。これはメディアとしてあるまじき破綻の連鎖だ。

今回の一件から見えてくるのは、時事通信だけの問題ではない。財政をめぐる日本の議論そのものが、「財政規律か積極財政か」という二者択一に陥っていることだ。重要なのは、財政支出を増やすか減らすかではない。

増やすなら、何に投資するのか。その投資でどれだけ成長するのか。その成長によって税収をどれだけ増やせるのか。そして、金利が上昇しても政府債務を持続可能な状態に保てるのか。

そこまで踏み込んで議論することが、政治家にも官僚にも、そしてメディアにも求められている。今回の時事通信の記事差し替え問題は、そのことを改めて浮き彫りにしたのではないか。

以上は、時事通信による城内氏の講演記事の差し替えをめぐる、筆者の考察である。

(注)今回の記事(上、下)では関連情報の収集にChatGPTを使った。また記事の校正を同生成AIに依存した。